SM Luxury

喜多征一 Seiichi Kita

喜多征一

緊縛師 / Rope Artist

東京と名古屋を拠点に、20年以上にわたり女性の身体と縄に向き合い続ける緊縛師。

元ファッションデザイナーとしての経験から、
緊縛を単なる拘束技術ではなく、身体そのものを素材とする造形表現として捉えている。

緊縛LIVE、作品制作、個人セッション、緊縛セラピー、緊縛指導を通して探求しているのは、
縄によって変化する身体、呼吸、羞恥、欲望、快楽、そして理性の下から現れる人間の姿である。

「緊縛は、日本発の究極のオートクチュールである。」

喜多征一とは

喜多征一の表現者としての原点は、縄ではない。服である。
かつてファッションデザイナーとして服を作り、自らのブランド「GLAMDY」を運営していた。
布を裁ち、身体を包み、身体の線を変え、その人にしか存在しない美しさを形にする。
長く、そんな仕事をしてきた。

しかし、もともと西洋から生まれた洋服という文化の中で、
日本人である自分にしかできない表現とは何なのかという問いを抱くようになる。

その答えを探していた頃、緊縛と出会った。

衝撃だった。
布ではない。
一本の縄だった。

縄が身体を締め、支え、引き上げる。

身体が変わる。
姿勢が変わる。
呼吸が変わる。
表情が変わる。
そして、ときには心まで変わってゆく。

服を作っていた頃とはまったく違う世界のはずなのに、自分が長く追いかけてきたものと、どこかでつながっていた。

服は身体を包む。
縄は身体を締め、支え、ときには吊り上げる。

どちらも身体の線と重心を変え、その人の中に存在していた美しさを目に見えるものにする。

ただし縄には、服にはないものがあった。

身体だけではなく、人間の内側まで変化してゆくことだった。

やがて喜多は、緊縛をこう考えるようになる。

「緊縛は、日本発の究極のオートクチュールである。」

同じ身体は二つとない。
同じ女性を縛っても、昨日と今日では違う。身体の状態も、心も、欲望も違う。だから、同じ縄にはならない。
その瞬間、その身体、その人のためだけに作り、解けば消えてしまう。

縄は残らない。

だからこそ、美しい。

Philosophy

喜多征一の緊縛観

喜多征一にとって、縄は単なる拘束の道具ではない。

人間は日常の中で、いくつもの自分を演じながら生きている。

社会人としての自分。
家庭での自分。
しっかりした人。
優しい人。
強い人。
期待に応えられる人。

しかし身体を縄によって拘束され、思うように動くことができなくなると、
それらを演じ続ける余裕が少しずつ失われてゆく。

意識は外側から内側へ向かう。

呼吸。
鼓動。
体温。
皮膚。
縄の圧力。
身体の重さ。

そして、その下から感情が現れる。

不安。
安心。
羞恥。
欲望。
快楽。
誰かに身体を委ねてしまいたいという、少し危うくて正直な気持ち。

縄によって現れるものは、美しいものばかりではない。

弱さもある。
怖さもある。
欲深さもある。

だから面白い。

喜多征一が見たいのは、完成された美しい人間ではない。
社会的な役割や理性の下から現れてくる、もっと生々しい人間である。
呼吸し、震え、欲し、感じている、一匹の生き物。

緊縛とは、その人に何かを新しく与えるものではない。
肩書きや役割、思い込みを一枚ずつ剥がし、その人の中にすでに存在していたものを露わにしてゆく行為なのかもしれない。

Eros

エロスを隠さない

喜多征一は、自らの緊縛を語るとき、そこから性を切り離し、綺麗な「芸術」として説明することを好まない。

緊縛は美しい。
同時に、淫美であり、エロティックでもある。

身体がある。
羞恥がある。
欲望がある。
快楽がある。

そこから性だけを取り除けば、緊縛が本来持っている生命力まで失われてしまう。
しかし、性的であることと、欲望のままに相手を扱うことは、まったく違う。
むしろ欲望があるからこそ、縄を持つ者には、自分自身の欲望を扱う技術が求められる。

相手の身体を見る。
呼吸を見る。
表情を見る。
声を聞く。
小さな変化を感じ取る。

進むべきときと、止まるべきときを判断する。
縄を扱うことは、相手の身体を扱うことだけではない。
縄師自身の欲望を扱うことでもある。

美とエロス。
理性と欲望。
支配と委ねること。
危うさと信頼。

その境界に、喜多征一の緊縛は存在している。

Expertise

逝かせ縄

喜多征一の緊縛を特徴づけるものの一つに、本人が「逝かせ縄」と呼ぶ独自の実践がある。
長年、多くの女性を縛る中で喜多が見てきたのは、縄によって身体だけではなく、意識や感覚まで変化してゆく現象だった。
身体の自由が制限されることで、意識は身体へ集中してゆく。

緊張と弛緩。
呼吸。
縄の圧力。
羞恥。
見られているという感覚。
自分では動くことができないという事実。
そして、誰かに身体を委ねること。

それらが複雑に重なったとき、快楽は単純な性的刺激とは異なる形で、身体の奥から現れることがある。
喜多は、長年の実践と観察の中で、その状態へ縄によって導いてゆく独自の方法を「逝かせ縄」と呼んでいる。
ただし、決まった縄を決まった順番で施せば、誰にでも同じことが起こるという「型」ではない。

人間は一人ずつ違う。
同じ人間であっても、その日の身体と心は違う。

だから、相手を見る。
反応を見る。
呼吸を感じる。
そして縄を変える。

「逝かせ縄」という名称は、特定の結果やオーガズムを保証するものではない。
性的な快楽が生まれることもある。涙が出ることも、力が抜けることも、深い静けさへ入ってゆくこともある。
喜多にとって「逝く」とは、日常の理性や自己管理から離れ、身体感覚の奥へ沈んでゆく変化までを含んだ言葉である。

技術より先に、人間を見る。

それが「逝かせ縄」の根底にある。

Activities

現在の活動

喜多征一は、東京・神田のStudio SHIBARI「東京喜多本道場」と名古屋道場を拠点に、緊縛に関するさまざまな活動を行っている。
東京と名古屋の両拠点で、緊縛指導、個人セッション、緊縛セラピー、作品制作などを行うほか、各地で緊縛LIVEやイベント活動を展開している。

SHIBARI LIVE

観客の前で行う緊縛実演。
あらかじめ決めた完成形に身体を当てはめるのではなく、その場の身体、呼吸、反応、光、音、空間を感じ取りながら縄を進めてゆく。 完成した姿だけではなく、女性の身体と表情が変化してゆく時間そのものを表現として見せる。

ART WORK

喜多自身が縄を施し、撮影する作品制作。
身体、縄、重力、光、空間を一つの画面として捉え、縄によって一時的に生まれる身体造形を記録する。
縄による造形は、解けば消える。
写真は、その瞬間にしか存在しなかった身体を残す、もう一つの表現である。

PRIVATE SESSION

一人ひとりの希望、経験、身体の状態に合わせて行う個人セッション。
決められた一つの型を当てはめるのではなく、事前の対話と確認を行い、身体や感情の反応を見ながら、その人に合わせた緊縛を組み立ててゆく。 初めて緊縛を経験する人にも対応している。

SHIBARI THERAPY

縄を通じて、自分自身の身体感覚や感情に意識を向ける、喜多征一独自の体験セッション。

ここでいう「セラピー」とは、病気や心身の不調を診断・治療する医療行為や心理療法ではない。
日常生活の中で、人は「しっかりしなければならない」「期待に応えなければならない」と、自分でも気づかないうちに身体や心へ力を入れていることがある。
縄によって身体の自由が制限されると、普段は外側へ向いている意識が、少しずつ自分自身の身体へ戻ってくる。

呼吸。
鼓動。
縄の圧力。
身体の重さ。
緊張。
羞恥。
安心。
欲望。
そして、誰かに身体を委ねるという感覚。

縄の中で何が起こるのかを、あらかじめ決めることはできない。

泣く人もいる。
力が抜けてゆく人もいる。
静かになる人もいる。
快楽を感じる人もいる。

目的は「こうならなければならない」という結果を作ることではない。
日常の役割から一時的に離れ、自分自身の身体と感情を感じてもらうこと。
それが、喜多征一の「緊縛セラピー」である。

※緊縛セラピーは、医療・心理療法ではありません。疾病や心身の不調の診断・治療、または特定の心理的変化を保証するものではありません。

SHIBARI LESSON

少人数を中心とした緊縛指導。
縄のかけ方や結び方だけではなく、身体の構造、安全、縄の位置、力の方向、受け手とのコミュニケーション、縄を扱う者としての姿勢まで含めて伝えている。

目の前にいる人を見る。
呼吸を見る。
表情を見る。
身体のどこで力が抜け、どこで緊張したのかを感じ取る。

自分のやりたい縄を押しつけるのではなく、その人の身体と対話しながら縄を変えてゆく。

縄を覚えることと、人を縛れるようになることは違う。

その違いを伝えることが、喜多征一の緊縛指導の中心にある。

Safety & Consent

危うさを扱うために

緊縛には危うさがある。

喜多征一は、その事実を隠さない。
身体を拘束する以上、身体的なリスクは存在する。また、羞恥、恐怖、委ねること、性的な感情など、心理的にも深い領域へ触れる場合がある。
だからこそ、同意とコミュニケーションを前提とし、相手の身体と状態を確認しながら進めることを重視している。

恐れを無視しない。
身体を粗末にしない。
欲望に呑まれない。
異変を感じたときには止まる。

美しく縛ることだけが技術ではない。
やめるべき瞬間を判断できることも、縄師に必要な技術である。
緊縛から、あらゆる危うさを完全に取り除くことはできない。
しかし、その危うさを表現や快楽の名のもとに美化してもいけない。
危うさを知り、それを丁寧に扱う。

危ういからこそ慎重になる。
慎重であるからこそ、深く踏み込むことができる。

それが、喜多征一の安全と同意に対する基本的な考え方である。

Studio SHIBARI

東京と名古屋の活動拠点

喜多征一は、東京・神田のStudio SHIBARI「東京喜多本道場」と、名古屋道場を拠点に活動している。
いずれも、縄の形や手順だけを習得するための場所ではない。
実際に身体を見て、縄をかけ、呼吸や反応を感じ、縛る側と受ける側の双方から緊縛を学ぶ場所である。
緊縛指導、個人セッション、緊縛セラピー、作品撮影、緊縛実演など、それぞれの目的に応じた活動を行っている。

東京喜多本道場

東京・神田にある、喜多征一の活動拠点。
少人数での緊縛指導をはじめ、個人セッション、緊縛セラピー、作品撮影、緊縛実演などを行っている。
初心者から経験者まで、それぞれの目的と経験に合わせて、縄の技術、安全、身体の見方、受け手とのコミュニケーションを伝えている。

名古屋道場

喜多征一が長年にわたり活動を続けてきた名古屋の拠点。
緊縛指導、個人セッション、緊縛セラピーなどを行うほか、名古屋で開催する緊縛LIVEや各種イベントの活動拠点にもなっている。
東京喜多本道場と同様に、縄の形や手順だけを教えるのではなく、目の前にいる人の身体、呼吸、表情、感情を見ながら、縄を変えてゆくことを重視している。
東京と名古屋、それぞれの活動日程や内容については、公式サイトおよび公式SNSで随時案内している。

Biography

略歴

1963年
長野県に生まれ、岐阜県大垣市で育つ。
1988年
会社を設立。ファッションブランド「GLAMDY」の運営を始める。デザインだけではなく、企画、生産、販売、表現、経営までを手がける。
2000年頃
複雑な手仕事を必要とする服作りのため、東南アジア各国での生産を開始。香港に事務所を開設し、その後、国内の百貨店や上海のGLAMDY直営店へと事業を展開する。
2001年
緊縛と出会い、強い衝撃を受ける。その後、熟練の縄師に師事し、実践を重ねる。
2013年
創業25年目に会社が倒産。それまで築いてきた事業を失う中で、表現活動の中心を本格的に「服」から「縄」へ移してゆく。
2015年
名古屋で「喜多道場」を開設。緊縛の技術だけではなく、身体の見方、安全、受け手とのコミュニケーション、縄を扱う者としての姿勢を伝える指導を始める。
2016年
株式会社SHIBARIを設立。
2017年
東京での道場活動を開始。同年、テレビ朝日『濃厚凝縮ドキュメント 五分館』に出演。
2018年
メ〜テレ『ザキとロバ』に出演。名古屋道場で、緊縛の歴史、技術、芸術的側面を紹介する。
2020年
東京と名古屋を中心に、緊縛LIVE活動を本格化。独自の実践である「逝かせ縄」を軸に、身体、快楽、羞恥、欲望、意識の変化を見せるLIVEを展開する。
2024年
東京・神田にStudio SHIBARI「東京喜多本道場」を開設。名古屋道場とともに東京・名古屋の二拠点で、緊縛LIVE、作品制作、個人セッション、緊縛セラピー、緊縛指導などを展開している。

Media Appearances

テレビ・メディア出演実績

  • 「こじみな放送局」(小島みなみ公式YouTubeチャンネル) コンドームブランド「ZONE」提供企画にて、小島みなみ氏に緊縛の技術と考え方を指導。
  • メ〜テレ『ザキとロバ』第82話「緊縛教室をチョロ見!」(2018年2月8日放送) 山崎弘也氏とロバートのメンバーが名古屋道場を訪問。緊縛の歴史、技術、芸術的側面を紹介し、実技指導を行った。
  • テレビ朝日『濃厚凝縮ドキュメント 五分館』(2017年5月20日放送) サンドウィッチマンがMCを務める5分間の人物ドキュメンタリー「縄に人生をかけた男 縛ってほどいてまた縛る」に出演。田園調布で行っていた緊縛教室と、喜多征一の活動・思想が紹介された。

Media & Reviews

第三者から見た喜多征一

喜多征一の活動、作品、緊縛LIVEについて、これまでさまざまな媒体や書き手によって紹介されてきた。
本人による自己紹介だけではなく、実際に作品を見た人、LIVEを観覧した人、取材した人、緊縛を体験した人が、喜多征一の縄をどのように受け止めたのか。
ここでは、第三者による人物紹介、作品評、LIVEレポート、体験記、関連作品を紹介する。

人物紹介・作品評

  • 喜多征一 SM文化情報サイト「SMpedia」 喜多征一の活動歴が年表形式でまとめられている。※第三者編集によるWiki形式のサイトであるため、掲載内容については随時確認・精査を行っています。
  • 美を繋ぐ note / 涼香希和子氏 喜多征一の緊縛作品について、色彩、身体造形、縄によって生まれる美しさという視点から紹介した記事。涼香氏のnoteでは、他にも複数の記事で喜多征一が紹介されている。
  • Seiichi Kita Raiko氏(2023年2月7日掲載) 道場での撮影に招かれたアメリカ人カメラマンによる、喜多征一の作品紹介ページ。
  • 海外メディアによるインタビュー SMLuxury内掲載・海外メディアインタビュー(英語) 海外メディアから受けた取材内容を英語で掲載。喜多征一の緊縛観、活動、作品について、海外の視点から紹介されている。

緊縛LIVE観覧レポート

体験記・関連作品

Writings

喜多征一の文章

喜多征一は、縄を持つだけでなく、長年にわたり緊縛、性、女性、欲望、美、人間について文章を書き続けている。

そこに書かれているのは、完成された「緊縛論」ではない。

実際に女性を縛り、その身体に触れ、呼吸や表情の変化を見て、そのたびに考えてきたことの記録である。

昨日正しいと思ったことが、今日ひとりの女性を縛ったことで変わることもある。

それでいい。

人間が変わるのだから、考えも変わる。

ここでは、喜多征一がこれまで書いてきた文章の中から、その思想と緊縛観を知るための代表的な記事を紹介する。

喜多征一の記事を読む

Message

それでも、まだ分からない

20年以上、縄を持ってきた。

多くの身体を縛った。

泣く人も見た。

笑う人も見た。

震える人も見た。

力が抜けてゆく人も見た。

自分でも知らなかった欲望に出会う人も見てきた。

それでも私は、

「緊縛とはこういうものだ」

と言い切ることができない。

昨日、分かったと思ったことが、今日ひとりの女性を縛っただけで変わってしまうことがある。

なぜ変わったのか。

簡単だ。

昨日とは違うからね。

人間が変わるのだから、縄も変わる。

そして、私自身も変わってゆく。

完成してしまったら、おそらく面白くない。

だから今日も縄を持つ。

知らない。だから明日も縛るんだよ。

喜多征一