四つんばいのアリストテレス
人類最大の賢者のひとりと呼ばれた
アリストテレスですら、
結局は官能から逃れられなかった。
理性。
哲学。
論理。
倫理。
人間とは何かを考え抜いた男が、
最後には女の前で四つんばいになり、
重い荷を引く寓話が残される。
それは滑稽で、どこか真実でもある。
どれほど知性を積み上げても、
どれほど高尚な思想を語っても、
人間の根底には欲望がある。
そして官能は、ときに理性より強い。
夫を支配するもの。
男を動かすもの。
人生そのものを狂わせるもの。
それが官能だった。
男は、自分が支配していると思い込みたがる。
家庭を守るのは自分だ。
社会を作るのは自分だ。
歴史を動かすのは自分だ、と。
だが実際には、
美しさや色気や愛情や欲望に振り回されていることが多い。
女の一言で落ち込み、
女の視線ひとつで舞い上がり、
女に拒絶されれば、自信まで失う。
官能とは、男の理性に忍び込む支配なのだ。
ルネサンスの時代にも、
妻が夫を支配するための武器として官能が語られた。
結局、男は欲望から自由になれない。
だからこそ、女が美しくあろうとすることには力がある。
美しさとは単なる装飾ではない。
生命力であり、存在感であり、人を惹きつける魔力だ。
年齢を重ねても、
女らしさや艶を忘れない女性には、独特の強さがある。
逆に、すべてを諦め、
官能を捨て、
ただ疲れた生活感だけになってしまえば、
男の心は離れていく。
もちろん、それは男にも言えることだ。
欲望を失った男は急速に老ける。
ときめきを忘れた者から、人生は色を失っていく。
結局、人間を動かしているのは、
理屈だけではない。
美を求める気持ち。
触れたいという衝動。
誰かに魅了されたいという飢え。
そういう、くだらなくも根源的なものが、
文明の裏側でずっと燃えている。
そして最後の一行が妙にいい。
「尻好きのおれに妻はいない」
哲学でも思想でもなく、
最後はそこへ着地する。
崇高ぶった話をしても、
男とは結局そんなものなのだろう。
滑稽で、欲望まみれで、
それでもどこか憎めない。
人間臭さとは、そういうことなのかもしれない。
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