瘋癲ノ喜多サン

水を一杯くれないか

最近の飲食店は、
どうも説明が多すぎる。

たいした料理でもないのに、

「こちらはどこどこ産のなになにを使いまして、
当店のシェフがほにゃららをイメージして、
なんとかという調理法で仕上げました」

と、延々と説明してくれる。

つまり、
すっとこどっこいである。

こっちは腹が減っているだけなんだから、
冷めないうちに食わせてくれればいい。

ファミレスへ行けば行ったで、
今度は確認が多い。

何名様ですか。
こちらのお席でよろしいですか。
ご注文を繰り返します。
こちらでお間違いないでしょうか。

いいよ、いいよ。
多少まちがっててもいいから、
早く持ってきてくれ。

だいたい店内はガラガラなのに、

「ご予約は?」「何名様ですか」

って、

見りゃわかるだろ。

好きなところに座らせてくれよ。

サービスというものは、
本来、人を楽にするためにあったはずなのに、
いつの間にかサービスを受けるために、
こっちがサービスの作法に付き合わされている。

これじゃあ、
サービスがサービスでなくなっている。

人間というのは、
親切にされればされるほど嬉しいわけじゃない。

説明してほしくないときもある。
確認してほしくないときもある。
構ってほしくないときだってある。

そのへんの呼吸を感じるのが、
本当のサービスじゃないのかね。

だからお願い。

今は何も説明しないで。
何も確認しないで。

水を一杯くれないか。

そして、
少しだけそっとしておいてくれ。

今、
敏感になってるんだからって感じかな

キュレーター紹介

逝かせ縄という妙技を操り、多くの女性を快楽の果てと誘う。東京と名古屋に道場を持ち、日本古来の文化である美しい緊縛を多くの生徒に伝承している。美しくなければ緊縛ではない美しい緊縛は気持ちがいい、それは肉体と精神と性が解放されることだ。

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