瘋癲ノ喜多サン

情熱の果てに

快楽という甘美な誘惑は、理性を軽やかにひっくり返し、
心の奥底に潜む野生を呼び覚ます。
性の執念は生きることそのものへの執念と重なり、
命の鼓動を激しく響かせる。
若い頃の私は、
その執念に突き動かされていた。
セックスとは、まるで奇怪な情熱の炎に身を投じるようなものだった。
燃え上がる衝動は、まるで制御不能な嵐のようで、すべてを飲み込んでしまう。
情熱とはなんと危ういものだろう。
それでも、その危うさに魅了され、若さゆえの無謀さで突き進んだ。
だが、半世紀を超える時を生き、私は変わった。
あの頃の燃えるような情熱は、どこか遠くに置き去りにしたかのようだ。
かつての残酷な本能は、色褪せていき。
今の私は、まさに緊縛師と呼ぶに相応しい存在だろうか、
欲望を制御し、情熱の欠片すらも丁寧に封じ込める術を身につけた。
冷徹な理性の仮面をかぶり、かつての自分を静かに見つめる。
それでも、時折、胸の奥でかすかな疼きを感じる。
あの若い日の情熱が、完全に消え去ったわけではないのだ。
それは、忘れ去られた炎の残り火のように、静かに、しかし確かにそこにある。
緊縛師として生きる今、その記憶は、私の人生に深い陰影を刻んでいる。
















写真:ミキさん

キュレーター紹介

逝かせ縄という妙技を操り、多くの女性を快楽の果てと誘う。東京と名古屋に道場を持ち、日本古来の文化である美しい緊縛を多くの生徒に伝承している。美しくなければ緊縛ではない美しい緊縛は気持ちがいい、それは肉体と精神と性が解放されることだ。

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