瘋癲ノ喜多サン

逝かせたい男と逝きたい女

男は逝かせたい、女は逝きたい。
逝かせかたのわからない男と逝きかたのわからない女が体をかさねても至福の時は訪れない。
男は逝かせた気分で、女は逝ったふりをする。
どこまでいっても迷宮入りのふたり



性器をいじくりまわして、バイブを入れて逝くなら自分でするわよと女は思う、
情緒も無しに尽き果てる場所を女の中に求められてもそこにエクスタシーは存在しない。
女のオーガズムのレベルはいろいろある。大きければそれでいいのかと聞かれれば、さざなむオーガズムもいい。
宇宙を浮遊するオーガム、さきに神が見えるオーガズム、死んでもいいと思うオーガズム、どこにも触れらていないのに子宮が疼くオーガズム、肌がピリピリするオーガズム、眠りにつきながらのオーガズム、あなたを想うだけでふわふわオーガズム、男には到底理解のできない数かぎりない形のオーガズムを感じる女、小さなものから大きなものまでそのレベルの大きさは青天井だ。



女がひくのは、性器剥き出しで言い寄ってくる男だ、女を性の処理班と勘違いして生きてきたポルノ野郎。
好意もない男に触られて気持ちよがる女はいない、気持ち悪いだけの痴漢野郎。
SMを覚えればをM女が寄ってきてすぐセックスが出来ると思うんだ。M女の数よりノーマルな女の方は多いよ、好きな男に開花させられてM女になった女はなんちゃってSに体をゆだねるわけがない。情緒をつかみふたりの信頼関係を発展させてSとなりMとなるんだ。自分の汚染されたポルノ観で尽き果てたいなら、ケチケチしないで風俗に行きなさい、男には多種多様の風俗がある。女にはほとんどないと言って等しい、不公平だと思わないかい だからお願いだ、心底逝かせてあげられる男でいて欲しい。



SとかMは記号であって人格じゃないんだ。支配したいものと支配されたいもの、そこに必要なのは誰にと言うことなんだよね。
よく縛りの受け手のことをM女と言う人がいるけど決してあなたのM女ではないのですよ、あなたが快楽で彼女を支配してはじめてあなたのM女になることでしょう。それからあなたのキツい縄も首絞めも忘れられないものになるのです。情緒を揺さぶりながら快感のカオスを体験させてあげて下さい。それも出来ないあなたのM女ではないのです。



ありとあらゆるオーガズムを知った女はみずみずしく潤い美人になります。女性ホルモンがそうさせるのでしょう。
生きる活力が満ち満ちて女としての喜びに自信がみなぎります。実際いろんな女性から「先生本当女に生まれてきて嬉しく思います」「他の女性が知らないエクスタシーを味わえていることがとても優越感なんです」なんて声をよく耳にします。女性はたくさんたくさん逝きまくって実りある人生を送るべきなのです。いくつになっても逝きまくれます50歳からでも60歳からでも逝きまくれます。良質なオーガズムを欲して下さい。



男は今まで男社会が作り上げた男都合のいい似非エロスの概念を捨てて、女性の声に耳を傾けるべきです。
女は探してますよ、心身ともにゆだねられる本物のmasterを。
SM雑誌を見てもSMバーに足を運んでも本物のmasterにはなれません、まさにマスターベーションでしかないのです。
快楽で女性をどんどん綺麗にしてあげられる男になって下さい。女性は美しい、女性は可愛い、女性はいやらしい、女のオーガズムは果てがない、心底逝きまくった女の姿は神々しい。
素敵な女性が知的でタフで紳士な男を待ってますよ。


喜多征一

キュレーター紹介

逝かせ縄という妙技を操り、多くの女性を快楽の果てと誘う。東京と名古屋に道場を持ち、日本古来の文化である美しい緊縛を多くの生徒に伝承している。美しくなければ緊縛ではない美しい緊縛は気持ちがいい、それは肉体と精神と性が解放されることだ。

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